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混沌とした曖昧さの中に

ここんとこ

ずっとクーラー付けっぱなしで寝る身体は

始終気だるさと眠気に 苛まれながら 1日が始まる。

それでも 開っぱなしの窓から聞こえる音は

チロチロチチ、ジィロジィロジィー、鈴虫なのか松虫なのか エンマコオロギ(多分これが多いだろう)なのか

蝉の大合唱から、虫の音のコーラスに変わり始めている。

昔はお盆が過ぎて 虫の音を聞き始めたら

秋の気配があったのに…


音つながりで変なことを思い出した。

子供たちがまだ小さい頃

我が家には鳩時計があって

長い針が12を指すと

「パッポー、パッポー」と元気よく鳩が飛び出し時刻を知らせていた。

ある時、私が何かの縁で仏教を学ぶことがあり、そういうことに関心を持っていたら

気がつくと 鳩時計の音が

「マッポー、マッポー(末法)」と聞こえ出した。

あら不思議!

また、

回復施設に繋がってはリラプスする依存症者の

行方が分からなくなる日々が続くと

職場に向かうエレベーターの

「ニカイ(2階)です」というアナウンスが

「イタイ(遺体)です」にしか 聞こえなくなった。うらめしや〜(本人は元気なはず)


仕事をしていても

中山さんでインプットされた山中さんは、いつまでたっても中山さんで、

松村さんで覚えた村松さんは、何回村松さんと上書きしても時間が経つと 戻っている。


こんな曖昧な聴覚や 記憶たちは

真実をやや自分の思考癖に塗り替えていく曲者なんだなーと…

あんなことされた

こんなこと言われた、という過去が絶対的真実と思っているけど、案外自分の都合のいいように留めているだけなのかも知れないなー

全て、自分が中心と思っている世界で起こったことに絶対はなく、

混沌とした曖昧さの中に、その真実は隠されているのかも知れないなー


私中心の世界の中では

「彼は、薬をやめられないんじゃないだろうか」

が真実のように聞こえてくるけど、

依存症者たちの回復の定義さえも

混沌とした曖昧さの中に、あることは確かなようだ。


湯舟に浸かって、思考の舟を編むトネリ子

のぼせました。




by familiesofaddicts | 2019-08-24 22:15 | Comments(0)