2023年 01月 17日
見守る


先日、甥の結婚が決まったと連絡がありました。
あの子もそんな年齢になったのだなぁと。
親類の冠婚葬祭の話があると、気になるのが、依存症の息子の事。
その甥は、息子からするといとこになります。
親戚が少ないので、二人きりの結婚式でない限り、招待してくれるはず、、なんですが、、。
何もなければ、張り切って参加したいところです。
しかし、ねぇ、息子をどうするか?
こんな話は、私たちの中ではよく話題になる事で、皆さんそれぞれの状況によって判断しています。
うちの場合は、少年院にいたときなら悩む必要はありません。息子は参加しようにもできないのですから。
何か適当な説明をすればいいだけです。でも、今は入院中の身で、もうすぐ退院し、回復施設に入所の予定となると、、
回復施設のスタッフに相談してみるか、
はなから参加は見送り、何も本人に言わずに言い訳を考えるか、、
あれこれ考えていましたが、
そうだ!まだ入籍すると決めただけで、結婚式の事は決めてないって言ってたな、と思い出しました。
悩む必要のないタイミングで悩んでしまう、いつもの癖です。
それから、ついでに考えた事があります。
結婚式のテーブルの席の並びって、近い親類ほど、新郎新婦より遠い席になっているかと思います。それを思い浮かべていると、息子の人生にも、それくらいの距離がいいんだなぁと。
息子の生き方に対して、私が良い影響や教訓を与えて、息子の人生に「私の活躍」の軌跡を残したかったのだと思います。
だから、息子のことをなんでも把握したかったし、知りたかった。
それこそが母の愛情だと勘違いして、お互いをしんどい関係にしていたんじゃないかな?って。
振り返れば、私の人生だって、親の知らない人たちと出会い、その人たちとの関係性や出来事の中で様々な事を経験し、失敗を繰り返しながら成長してきたはずです。
息子と距離を置くことで、そういうことがよく理解できてきました。
甥の結婚の話しを聞き、結婚式のテーブルを思い浮かべながら、
息子のことは遠いところから、見守ろう。と改めて思いました。
すずめ
