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メタドン

「メタドン」


薬物依存症の家族の仲間から

アディクション関連の映画の情報が舞い込んだ。


タイトルは

「ボブという名の猫」


出張が続く日々を送っていた私にとって

願ったり、叶ったりのグッドニュース!


片道5時間強を要する新幹線の移動の際

先ず、列車の一列目の座席をゲットし電源を確保。

そして、鞄からipadを取り出し、イヤホンをセットアップ。


大慌てで、アプリを起動させ、

アマゾンプライムビデオにアクセス。


タイトルを打ち込み、検索ボタンを押すと

現れたのが、宣伝用のポスター。


そこには、軽く笑みを浮かべる依存症者と

彼の肩の上に鎮座している茶トラの猫の姿。


そのツーショットの上に、

二人が?「幸せのハイタッチ」している画像に

ATRUE STORYと英語で記載された文字が


「実話なんやぁ


冒頭から流れる歌詞に引き込まれつつ

ホームレスの主人公の暮らしが続くと、

完全に映画の世界に没入。


手放した息子も

こんな暮らしを体験して底つきしたんかなぁ

父親の共依存や心の揺れが、自らの体験と被る


アッという間にエンディング。


野良猫を助けたつもりが

救われたのは、ストリートミュージシャンであり、

ホームレスのアディクションの青年だった。

と、いう心温まる実話をもとにした感動映画。


だけでなく


映画のシーンでヘロインを止めるために

処方される鎮痛剤「メタドン」という名の薬名に反応。


以前、「使わせない」ではなく

「ダメージを減らす」欧州で主流の対策

「ハームリダクション」関連の記事を読んだときに

知った「メタドン維持療法」を思い出した。


この映画のシーンからも

日本の薬物対策は、世界のスタンダードから

大きく逸脱していることに今更ながらショックを受けた。


「ダメ。ゼッタイ。」こそ

ほんま、ゼッタイ、ダメ!やなぁと、

改めて映画を見て強く感じた。


良い映画を教えてくれた、

仲間に感謝。


T & J


# by familiesofaddicts | 2019-08-02 02:03 | Comments(0)

諦めること、諦めないこと

去年の長雨でしおれてしまったセダム

他の三種類は根付くまでに枯れてしまったけれど…

わずかな芽を残していた一つに

時々水をやっていた。

もしかして復活するかもと


冬を越し春を迎えても変わらない

なのになぜか、梅雨どきから芽が増え始め

そして猛暑の今、長く伸びている。

もう大丈夫そう


多肉植物なので水は控えめに

簾で直射日光を遮った

諦めなくてよかった…

何とか環境に適応してくれた

ほっておいても()


そう…依存症という病を治すことも

薬物使用を止めさせることも

娘が薬物依存症だと認めるコトも

出来ないことばかりだった。


だけどそれが現実だった。

言わば依存症という病に抗うコトを止める

私が娘の病を治そうとすることを諦めることだった。


そうは言っても娘に対する親としての責任はどうなる?

彼女に私を見限ったと思われやしないか

彼女との関係が壊れてしまうのが恐い

様々な思惑がよぎったけれど


もう既に彼女との関係性は対等ではなく

彼女のどうにもならなくなった生活を立て直そうとして

私の精神状態は彼女次第になっていった。

私は自分にとって大切なものを諦めるようになった。


そして自分の人生と同様に依存症に対し自分が出来る限界を感じた。

娘の期待や欲求に支配されるのを許すことが

彼女の依存症からの回復の妨げになることも知った。


娘にも問題に向き合うエネルギーはあるはず

人との関わりで考える機会も

自分の責任を負うことも

人生が与えてくれるモノを自らが手にするはず


娘を変えようとすることを諦めた今

私に与えられた今日を諦めずに生きよう。

    Luna


# by familiesofaddicts | 2019-08-01 16:04 | Comments(0)

夏の朝に思う。

目覚めた瞬間、セミの大合唱が聞こえる。
ああ、夏なんだなあ。
愛犬のために24時間エアコンが稼働している我が家はいつも寒い。
オフィスも快適を通り越して寒い。
夏を感じるのは、僅か数分の自転車での通勤の時と愛犬の散歩とセミの声くらいだ。

息子の薬物の問題真っ盛りの頃は、四季の変化になど無感覚だった。
人々の装いの変化を眺め、ああ、今は夏なんだと認識する。
楽しそうに夏祭りに出かける若者たちを見ても、まるで別世界の出来事をスクリーンを通してみているような感覚だった。
日常の全てがまるで薄い膜に覆われているようで、薬物の問題だけがリアル。
そのリアルの中にあっても、いつしか私の痛みは当たり前のことになり、血を流し続けているにもかかわらず無痛へと変化していった。

同じ経験を持つ仲間たちと出会ってからしばらくたった頃、突如、私は滴り落ちる血に気づき、ひどい傷をおっていることに気づいた。
凍りついた涙が、あたたかい雫となって頬をつたい、少しずつ膜が剥がれていった。
そして、春。
ああ、桜の花が咲いている。なんて美しいのだろう。
そう感じた自分に、驚いた。
私は、今、桜が美しいと感じたのだ。
美しい、と感じたことに驚いたのではない。
何年もの間、美しいものを美しいと感じる心を失っていたことに気づいて驚いたのだ。
モノクロの世界で生きていた自分に驚いたのだ。

なんという毎日だったのだろう。
美しいものを美しい、楽しいことは楽しい、悲しいことは悲しい、苦しいことは苦しい。
当たり前の感覚を取り戻すことができたのは、仲間たちのおかげだ。
そして、私は、薬物の問題で苦しんでいる息子にも、同じ経験を持つ仲間がいたらいいなあ、と思うようになった。

息子が同じ経験を持つ仲間たちに出会うまでには、それから数年かかった。
今、息子は仲間たちの中で、回復を続けている。

 *NINA*




# by familiesofaddicts | 2019-07-30 10:56 | Comments(0)

Happy Birthday


梅雨明けと共に娘の二十六回目の誕生日がやってきた。


「おめでとう」と伝えることがなくなって五回目の誕生日。

娘を手放して五年が経ったと言うことです。


当初、手放したとは言え誕生日におめでとうと伝えることぐらいはいいだろうと考えていました。

ある施設のスタッフの方からそれすらも必要ないとアドバイスをもらった時は正直ショックと言うかそれくらいもダメなのか~~って頭を抱えました。


この時の気持ちは鮮明で「手放す」と言うことの大変さを改めて思い知りました。


なぜあんなにショックだったのかと言うと

祝ってやりたい気持ちは親としてもちろんなのですが

行き先も告げずに引越した上に誕生日すらも祝ってくれない酷い母親だと娘に思われるのが恐かったのです。


娘を手放すことは良い親でありたい自分を手放していくことでした。


そもそも良い親かどうかなんて私が決めることではないことすらわかってなかったんですよね。(汗)



娘を手放したことの罪悪感を手放していく。。。  あらややこしい


間違った思い込みや恐れを手放していくのは本当に難しいことです。


冷静に第三者としてのアドバイスをくれる仲間がいなければとてもとても一人でできることではありません。

そして家族再生の日が必ず来ると信じさせてくれるのも仲間なのです。


yuzuriha.


# by familiesofaddicts | 2019-07-28 02:55 | Comments(0)

「私」が問題だった


長い間依存症という得体の知れない怪物と戦ってきました。

息子が薬物使用で捕まってから、どれくらいたったでしょうか?

まだ下の娘が小学生だったかなー

彼は高校を中退し、憧れの土地へ行き4年程の期間離れて暮らしていました。二進も三進もいかなくなって帰ってきた時には、すっかり薬物依存症者が出来上がっていました。


思えば子供の頃

愛情不足で育ててしまいました

(自分のことばかりでした)

叱ってばかりの毎日でした

(思い通りにならなかった)

今度こそ、私が管理して仕事さえ見つかれば、きっとうまくいくはず。それまでの借金をチャラにして

(私が)

綺麗なスタートを切ればまた普通(私が考える)

というレールに乗れるはず!

何度そうやって彼のレールを仕切り直してきたことしょう。


最悪の状態の中でも 

最高の選択を見つけなければ!

そして

その選択の方法を間違えないように!

必死になって模索し続けた 

長い長い旅


いやはや、

それは私の共依存という病からの

回復の旅だったんだと

「私」と言う囚われからの解放でもあったんだと


私が健康を取り戻さなければ

大切な誰をも助けられないんだと。


                 トネリ子




# by familiesofaddicts | 2019-07-27 07:47 | Comments(0)