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タンポポの綿毛が風に乗って種子を運ぶように私たちの思いが​苦しんでいるあなたのもとへとどきますように。


by 関西薬物依存症家族の会

無題

自分のこと…好きですか?


私は嫌いでしたずっとずっと

愚図でのろまなところが


今は大好きです鈍臭い自分が愛おしい、、、


なぜこんなふうに思えるようになったのか


それは息子が薬物を使ったから


私が自助グループに通い続けたから


そして仲間に出会えたから。

       Mie


# by familiesofaddicts | 2019-09-19 00:17 | Comments(0)

希望がありました。

彼のスピーチ、
そして母とのハグ、
依存症からの回復をまなあたりにしました。

うらやましかったけど、
涙で視界がかすれてきたのは、
目の前に希望があったからです。

回復の道は人それぞれだと、
自分に言い聞かせてはきても、
時に先が見えなくなることがあります。

それでも、
回復している人の姿を見れば、
”大丈夫”と思えるようになるのです。
たくさんの元気と希望をもらえるから・・・。

仲間の息子さんとも写真をパチリ。
彼の回復へのスピーチに感銘を受けて、
やや興奮気味の私でしたが、
笑顔で並んでくれてうれしかった~~~。

いつも私を誘ってくれる仲間に、
感謝です。

*sheep*

# by familiesofaddicts | 2019-09-18 16:08 | Comments(0)

私だけの私。

三連休の初日は、大学のOB会に出かけた。
久しぶりの京都。
開始時間より早めに出かけて、昔よく通ったカフェに立ち寄った。
有名なカフェなので、観光客でごった返していたけれど、運よく常連さんたちがゆったりとコーヒーを楽しむカウンター席に案内してもらえた。
もう何十年もそこで働いている方が今も健在で、その方の仕事ぶりを眺めながらコーヒーを楽しんだ。
そこから、すっかり学生時代に戻った。
64歳~58歳までの参加者25名。今年は参加者が少しすくない。
姿かたちは変わったけれど、受付を済ませたみんなは学生時代に戻る。
会話の中に、子どもや孫の話もたまには出てくるが、ほとんどは音楽の話や、ばかみたいな話しに大笑い。そんな時間が過ぎていく。
そこには、その人の家庭や、仕事の気配はなく、ただその人だけがいる。
一年に一回、他の何者でもなく、大学時代の仲間という時間を過ごす。
それがなんとも心地よい。
最終電車で帰途につきながら、ああ、私の人生まんざらでもない、とひとりほくそ笑んだ。

思えば、生きてきた年月の半分は、妻であり、母であった。
薬物依存症者の親というありがたくないオマケもついた。
誰かのために、家族のために奔走する日々。
その渦中にありながらも、私は私を見失わないようにと歯を食いしばったが、いつしか迷子になり、出口を探して迷走していた。
出口を探しているつもりが、気づいたら下へ下へと穴を掘り続けていた。
自助グループに通い、プログラムをやるようになり、私が向かっていたのは穴の底で、底にぶち当たってもなおもっと深くへと穴を掘り続けていたのだと気づいた。
あまりにも深い穴にいたので、地面に顔を出すには、ずいぶん時間がかかった。
久しぶりに陽の光の下で、ひとり歩を進めるのは足元がおぼつかなく、一緒に歩いてくれる仲間が必要だった。
少しずつ少しずつ、ひとりで歩けるようになり、時々仲間が一緒にいなくても歩けるようになった。
正確には、一緒にいなくても私には仲間がいるとわかるようになったから、大丈夫だと信じることができたのだ。
そうやって、だんだんとテリトリーを広げ、いろいろな人と繋がっていった。
しばらくすると、妻でもあるし、母でもあるし、薬物依存症者の親でもあるけれど、私だけの私でもある、と思えるようになった。
そうしたら、とても楽に生きることができる。

大学時代の仲間たちと私はーあの先輩も、この後輩も、そして気の置けない同年代の彼らもーひとりの人としての時間を共有したのだ。
そう感じることができた私は、回復を続けているんじゃないか、と思う。

*NINA*







# by familiesofaddicts | 2019-09-17 14:22 | Comments(0)

私も回復を


薬物依存症・・・息子の病名は何か得体の知れない恐ろしい響きで私の耳に入ってきました。
まず受け入れられなかったです。
明るくて優しい子です。
人を笑わせるのが大好きでツッコミ上手。友達もいたしかわいい彼女もいました。
けれど私がその病名を聞いた頃には実はそんな彼はどこにもいませんでした。

彼の中での一番は薬だったし何か気に入らない事が起これば暴力で解決しようとしていました。
そんな状態になっているにも関わらず私はその病名を受け入れられなかったのです。
多くの仲間は「回復できる病気 と聞いてホッとした」と言いますが、私は違いました。
根性さえあれば薬は止められると言ってもらいたかったのです。
それなら私がなんとしてでも私の愛を私のやり方で必ず元の息子にするから!!と言う気持ちだったのです。
病んでいたのは息子だけではありません。
モンスターになってしまった彼に巻き込まれ、どうにもならないところでもがいていた私も重度の共依存症でした。

今、私は毎日穏やかに笑って過ごしています。
息子とは別に暮らしていると言うこともありますが10年前から私には同じ苦しみを持ち、それを分かち合える仲間がいて健康的な距離で繋がってくれているからです。

けれどいつまた病んでいた頃の私に戻ってしまうかわからないです。
長年の生き方を変えていくのは思っているより困難です。
私は私の回復を続けて行く為にミーティングに通い続けます。
そこは笑顔と愛と癒しが私を迎えてくれる場所なのです。
そして息子の回復は息子に任せます。
それが私の仕事ではないと多くの仲間が教えてくれたからです。

茉莉花



# by familiesofaddicts | 2019-09-15 01:04 | Comments(0)

自助グループ

少し、秋の気配が感じられる季節になりました。
私は暑さから解放され、少し肌寒くなるこの季節が大好きです。
秋に生まれた事もあるのでしょうか。
この大好きな季節が、いつからでしょう、しんどい季節になったのは?
依存症の息子がこの時期に色々と問題をおこしたからでしょうか?
地元が祭でざわざわとするこの時期、私はこの場所から離れたいと思う。
そんな私にも、今は行き場所がある。
自助グループの仲間の中。
そこには同じような経験をした仲間がいる。なんでも話せる場所がある。
そこには受け入れてくれるという、安心感がある。
今では日常となった自助グループ。

1人で抱えて悩んでませんか?
自分がしなければいけないと思ってませんか?
あなたも自分自身の為に、より生きやすい人生を送りませんか?

どうぞ、一度足を運んでみませんか?

Merry☆

# by familiesofaddicts | 2019-09-14 11:45 | Comments(0)