人気ブログランキング | 話題のタグを見る

タンポポの綿毛が風に乗って種子を運ぶように私たちの思いが​苦しんでいるあなたのもとへとどきますように。


by 関西薬物依存症家族の会

自分の時間

台所からガチャガチャと物音がする。
夫がお弁当を作っているのだろうかと、
眠い目をこすりながらスマホで時間の確認をすると、
エ~~~なんとまだ4時になったばかり。

今日はまた一段と早い目覚めだと思いながら、
フラフラと台所に行って「私まだ寝ます」と言うと、
「ハイどうぞ」と夫の返事。

早寝早起きの夫、
自分のお弁当作りは日課なのだが、
4時とはちょと早い。

うとうとしていると「散歩に行ってきま~す」と玄関からの声、
時間は5時半。
明るくなってから「行けばいいのに~」と私の心の声が答える。
仕方がないことかも、
夫と一緒に寝ているワンコも4時起きなのだ。

相手の時間と自分の時間は同じではないのだから、
お互いに自分の時間を大切にしたいと思うようになった。

自分と相手の時間を切り離せなかった時、
間違いなく相手を支配していた。
同じ線上にいなければ安心できなかったのだ。

相手を解放することで、
自分も様々な縛りから解放された。
今は自分の責任において自由に時間を使う。

早く寝たのだから、
早く目が覚めるのは仕方がないと言う夫に、
「ごもっとも~」と納得する私。

*sheep*

# by familiesofaddicts | 2019-10-16 22:31 | Comments(0)

おじちゃん。

私の勤務先は、中小のオフィスが集まるエリアにある。
毎朝、駅からオフィスに向かう途中で、ダンボールを集めるホームレスのおじちゃんといつの頃からか挨拶を交わすようになった。
「おはよ、おじちゃん、きょうは暑いね」
「おはよ、今日も綺麗やなあ」
「ありがとう、おじちゃんのその言葉で元気が出るわ」
暑さが続いたり、雨が続いたり、台風がきたり、めちゃくちゃ寒かったりすると、おじちゃんのことが心配でたまらなかった。
「おじちゃん、台風のあと見かけへんかったから心配したよ」
「いやあ、今回はもうあかんと思たわ」
父が亡くなった時には、父の洋服をもらってもらった。
時々、父の洋服を着てくれているおじちゃんを見かけると、嬉しかった。

それから数年たって、おじちゃんの姿が見えなくなった。
私のほかにもおじちゃんと挨拶を交わしている人たちも心配していた。
よくない想像をして、なにかできることはなかったか?なぜ、どこで過ごしているのか聞かなかったのか?と悔やまれてならなかった。

数か月後、友人から「おじちゃん、発見」と写メが送られてきた。
ほどなく、ギターを背負ったおじちゃんと再会した。ギターを持った渡り鳥か?と心の中でツッこみながら
「おじちゃん、心配しててんで。どうしてたん?」と開口一番尋ねてみると、心臓の病気で倒れ、それをきっかけに支援に繋がり、今は生活保護をもらってアパートで暮らしているとのこと。
「早く仕事したいねんけど、まだ働いたらあかん、って言われてるねん」とちょっと寂しそうに言った。
とにかく、元気でよかった。
それから時々、犬の散歩途中の公園でおじちゃんを見かけるようになった。
「おじちゃん、こんにちは」と声をかけると
「まあここに座り」と、自転車の荷台にくくりつけた座布団をとって、ベンチに特等席を作ってくれた。
そして、「一曲歌うわ」と言って、懐かしいフォークソングを歌ってくれたりするのだ。
おじちゃん、生きててよかったなあ。支援に繋がる手助けをしないで、ごめんな。

今回の台風の報道で、おじちゃんのことを思った。
なにもできなかった私が言うのもなんだが、批判だけで終わらせてはいけない。
批判することは簡単だけれど、この先どうしていくかが大切だ。
それは、依存症に関しても同じ。
世間の無理解やバッシングを嘆いたり、憤っているだけでは、何も変わらない。
どうやったら、その問題を解決することができるか、考え、行動することだ。

 *NINA*





# by familiesofaddicts | 2019-10-15 11:14 | Comments(0)

境遇の似た人


<この度の台風19号で被災されました方々に心よりお見舞い申し上げます。>


自助グループに通い始めた頃、

同じような境遇の人の話を聞きたいと思っていました。

私の場合は女の子、一人っ子、未成年、シングルマザー。

今でも女性の依存症者は男性に比べると少ないですが私が繋がった頃(2010)は女性の依存症者の家族は希少でした。

勿論 全ての仲間の話が助けになることは大前提。

ただどんな場面でも自分と少しでも共通点があるとなんか嬉しくなりますよね。


それが今年、共通点だらけの仲間に出会いました。

娘の年齢も一緒、娘を手放した時期も一緒。

話せば話すほど共通点だらけです。


ただ子育てだけは真逆でした。

どちらが良いとか悪いとかではなく。。。

真逆の子育てでも行き着いた先は同じだったね~~って 笑笑笑


彼女の娘さんも私の娘も幼い頃から他人との関係性に問題があったのです。

発達障害とかADHDとかそう言う言葉も病気も当時は全く知られていませんでしたから疑う余地もありませんでした。


それでもどちらの娘も今は親の手を借りずに生きています。

私たちができることは本人の回復を祈る事と自分自身の回復に取り組むことだけです。


yuzuriha.


# by familiesofaddicts | 2019-10-13 11:41 | Comments(0)
過去と他人はかえられない
しかし
未来と自分はかえられる

「あの時に戻れたら」
失敗した事や失ったものを
取り戻したい

やり直しができたら、こんなに
苦しむ事も苦労する人生も選ばない
ですむ

以前の私はよくそう思っていました
けど、いくら願望しても過去を
かえることはできません
それが事実です

でも、今日を生きると「未来」は
やってくる
これからの人生は「今」から始まると
いうこと

どんな状況になっても「自分」次第
「他人」のせいにするのではなく
自分にフォーカスをあてる

過去にとらわれクヨクヨするのではなく
「未来」に向かって今日一日を
自分なりに一緒懸命生きることによって
「未来」はやってくる

明日になると今日は過去
これからの人生
「未来」を信じて「今」を生きて
いきたいと思えるようになりました

息子も「未来」を信じて
「過去」にとらわれず
「今」を走りぬいていってもらいたい。
moana
過去と他人はかえられない_e0412418_00270876.jpeg


# by familiesofaddicts | 2019-10-12 00:06 | Comments(0)



結局捜せど 探せど次男坊は見つからず 

一度家に戻った

時計の針が午前0時を指す頃 

僕の携帯電話が鳴った

いろんな感情が入り混じりながら電話に出た

国の機関からだ 次男坊を保護しているとの事

いる筈の無い人を探しに来たとの事

うろついている所を保護された

直ぐに車に飛び乗った 向かっている道のりは

得体の知れない狂気、不安、恐れに支配され 

僕自身をますます

狂気、不安、恐れに引きづり込んでいった。

国の機関にたどり着くと 次男坊は座っていた

必至でその場を取りつぐろい 
身元の引き受けをした

車で自宅への帰路についた

次男坊に どの様に接していいのか  

どんな言葉をかければいいのか 

なかなか見つからなかった

横に座っている次男坊を時より見た 

海沿いの夜景が次男坊の向こうに

静かに もの悲しく見えた 


飯でもといい 牛丼を持ち帰り食べさせた

ごはんを食べ ゆっくり寝れば

回復し元に戻るだろうと思い

自宅で僕が監視し 外出はさせない様にした 

そこから一晩中 おかしな話を次男坊は続けた 

完全に狂気に支配されている次男坊を

これまで積み上げ来たものが
全て崩れ落ちた僕と

順調に進んで行くであった筈の家族が 

狂気に引きずりこまれていった

何をしたらいいのか 
何がいけなかったのか 

誰のせいなのか 
僕がわるいのか 

考えても出る筈の無い答えを求め 

僕は考える 正しい答えが

出る事はないであろうが 
答えをひたすら考える

ますます寒さを増しながら 

夜はふけていく・・・

                  

やぶれたタカのつばさ


# by familiesofaddicts | 2019-10-11 19:48 | Comments(0)