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タンポポの綿毛が風に乗って種子を運ぶように私たちの思いが​苦しんでいるあなたのもとへとどきますように。


by 関西薬物依存症家族の会

孤独は、アカンよ!

今年の正月は帰省して実家で迎えました。

正月を実家で迎えるのは2年ぶりですが、去年は5回目の帰省だ。


以前の僕は今まで、父親の事を好きではなかった。

むしろ、拒絶して嫌っていた。

子供の頃や社会人になり帰省していた時に、庭先で他人の悪口を言っていた。

母親にも辛く当たり手を出すこともあった。

それが凄く嫌であり、父親を拒絶する原因である。


父親は現在、介護施設に入所しており、母親は実家におりディサービスや在宅看護に来てもらっている。

僕には弟がいて、僕の代わりに家督を継ぎ、両親の面倒を見てくれていた。

その弟が、昨年の310日に妻(義妹)を残して急死した。


義妹は同じ敷地であるが別棟に住んでおり、両親の面倒を見てくれている。

弟が亡くなる1年前に、叔父さんが他界した。

叔父さんの最後は、不憫な形で人生の幕を下ろす形になっていた。


当時、弟が本家である実家でお骨や位牌を引き受けた。

その叔父さんの1周忌の前日に、弟は急性心筋梗塞で急死した。

僕の心は、凄くざわついた。


それ以上に反応しているのが、義妹である。

不憫な亡くなり方をした叔父さんが、弟を黄泉の国に引きずりこんだため、弟は亡くなった!と思っている。

弟の体は丈夫で、悪いと所は無かったようだったのに!


しかし、亡くなったあとに彼の友人たちから話を聞けば、心臓が辛い様子があった様だ。

そんな事は、義妹にすれば今はどうでもよい事と思える。叔父さんが憎い!


彼女の気持ちは十分理解できると思う。


自分が抱えきれないほどの、悲しみや辛さ、いら立ちや不満があれば、他の人に向けて攻撃してしまう。

僕も同じだ、職場や、家でパートナーに!(なんだか、父親と同じようで自分が嫌になる)


僕以上に不器用な父親も、同じであったと思う。

今は、父親の境遇を理解でき、僕自身も当時に比べれば大人になっていると思うので、父親を受容できる。


薬物依存症の息子の事を考えてみた。

息子も同じように当時は、悲しみや辛さ、いら立ちや不満があったと思う。

だけど、一番決定的なものは、「孤独」ではなかったのか?

薬物が、使っている時だけ孤独感を薄らいでいたのではないか?

孤独感は父親や義妹も若干感じていたと思うが、依存症者ほどではないと思っている。


僕も、子供の時に友達から仲間はずれされた経験がある。

からかわれたり、馬鹿にされたりする事より、無視が一番きつい。

今でも、その体験は心の傷となっている。


生きていりゃ、色んなことが起きますよね。

イライラしたり、不安になったり、怖くなったり、

依存症の息子の事、会社の事、実家の事、元気(飼い犬)がソファーにお漏らしする事など。


僕の場合、職場で孤独を感じていている事が多い。

辛い時に、自助グループでその気持ちを打ち明けることで仲間が寄り添ってくれる。

それで、孤独感はだんだん薄れて行き自分の居場所が分かることもある。


色んな、状況で辛い思いをしている仲間(ブログを読んでいる方)は、沢山おられると思う。

自助グループに行けば、同じような境遇を経験した仲間が話を聞いてくれる。

こころを開けば、直ぐに状況を解決することは出来ないが、孤独になることはない。

一人でも孤独な方が少なくなって欲しいと、僕は思う。


GENGEN


# by familiesofaddicts | 2020-01-16 08:44 | Comments(0)

誕生日に祈る

一月は長男の誕生月
その日、私はいつになく祈っていた。
「元気でいてほしい」と・・・


「今日は○○○の誕生日だなぁ~ 」と、
側で夫が言う。
それぐらい知っていると、
その側で軽く憎まれ口を叩く私がいる。


息子に対する思いに、
それ以上の言葉はいらない。


夫も祈っているのだろう。
「おめでとう」と、
言葉にだしては言えないけれど・・・


あれから何年の月日が経ったのだろうと、
息子の年齢を数える。


在りし日の息子の面影だけが浮かぶが、
息子も私たち夫婦も、
当たり前だが同じように年を取っていく。


それでも二人、
自身の回復と息子の回復を願いながら、
これからも、
自助グループに通い続けていくだろう。


自分を見失うことのないように、
仲間の中にいよう。


依存症からの社会復帰が困難であったとしても、
その日を信じていこう!


   *sheep*


# by familiesofaddicts | 2020-01-15 21:50 | Comments(0)

ガンバレって言っている

頑張って、と言われるのがいやだった。

私が頑張っていないとでも言うの?
今だってこんなに頑張っているのに、これ以上どうしろって言うの?
頑張っている私のことを誰も認めてはくれないんだ…

頑張れ、頑張って、と言われるたびに、理解してもらえない寂しさと悔しさでいっぱいになった。
私はもうこれ以上頑張れない。
もう私に頑張ることを期待しないで!

いつの頃からか、頑張って、と言われることで、前に進もう!と思えるようになった。
もう無理!となにもかも放り投げだしたくなった時、頑張ろうよ、という声を聞いて重い足を引きずりながらも歩を前に進めることができた。

同じ経験を持つ家族の仲間からの「頑張って」は、今までの頑張れ、とは違った。
「大丈夫だよ、あなたは一人じゃない、私たちがいるよ。だから頑張ってみようよ」
という共感と励ましは、頑なな私の心を解放してくれた。
「あなたがずっと頑張ってきたこと知ってるよ。よく頑張ったね。
これからは今までとは違う方法で頑張ってみようよ」
こうやって書きだすと、なんだか陳腐に聞こえるかもしれないけれど、仲間からの「頑張って」は、傷つき、恐れ、怒り、彷徨っていた私を支えてくれた言葉なのだ。

大嫌いだった「頑張って」が、今はときどき言ってほしい言葉になった。
頑張って、に込められた仲間の愛が感じられるから。

なにかの拍子に、昔流行ったこの曲が耳に届いた。
ああ、そういう歌だったんだね。
あの頃は、なにも考えずにただただつ突っ走っていたから、恐れをしらなかったから気づかなかったけど、今ならわかる、この歌に込められた思いが。
今苦しんでいる仲間に言おう。
あなたはひとりじゃない、仲間がいるよ。
私は歌が下手なので、マイクロフォンの中からは言えないけれど、
ブログの中からガンバレって言っている
聞こえてほしい あなたにも
ガンバレ!

          


   *NINA*


# by familiesofaddicts | 2020-01-14 11:33 | Comments(0)
ある市のセミナーに、仲間がメッセージを運んでくれました。それをまた応援に駆けつけてくれる仲間たち。
帰りのフェローで、
今日のセミナーで精神科医が話していた
ハームリダクションて、どういう意味?
と新しい仲間から問われ
んー、ロースやボンレスのハムじゃなく…
ダクションにリが付いてるから何か繰り返すんかなー
なんて、冗談はさておき(4年前初めて耳にした時はまさにこんな感じ)
おぼろげながら
薬物をやめさせることではなく
エイズやC型肝炎や様々な2次的被害をなくすため、
先ずは生きることを支えるプロジェクトだと…
ざっくり答えた。

ほんま?
帰ってちゃんとguguriました。

「その使用を中止することが不可能・不本意である薬物使用のダメージを減らすことを目的とし、合法・違法にかかわらず精神作用物質について、必ずしもその使用量を減少または中止することがなくとも、その使用により生じる健康・社会・経済上の悪影響を減少させることを主たる目的とする製作・プログラムとその実践である。ハームリダクションは、薬物使用者、家族、コミュニティに対して、寛容さをもって問題を軽減するきわめて現実的な政策・プログラムである」

4年前、依存症の息子が2度目の逮捕となり
心が折れそうになっている中
ある嗜癖学会に参加し、
そこでハームリダクションを実施しているポルトガルに視察に行ってきたという、ある施設長の話を聞くことができた。
そして、実際に新しい注射器を渡し相談を受ける姿を見てきたと(もっと複雑な視察をしてきたと言っていたが忘れた)
その頃の私は、
そんなん渡したらいつまでたってもやめられへんやん!
やめ続ける事が大事で、そのための支援が必要なんちゃうん?
と、理解できなかった。

それから4年経ち、
今や
薬物依存症は回復できる病気であるということはもちろん、
薬物使用や所持(本人のみ)の非犯罪化に向けての運動が
そちこちで聞こえてくるようになり、
厳罰することにかかる費用を、
まずは治療や支援につなげ、
彼らを社会で受け入れ、就労へと繋げていくために
お金をかけるようとする政策
それがハームリダクションと理解できました。

犯罪者・ダメな人、などという偏見を捨て
彼らを一人の大切な人間として関わることで、
彼ら自身が、自分を大切に思い、
真の意味で回復という
生きる力を持てるよう、
そして
この混沌とした世界が
実はシンプルだったと見えはじめる
私にとって、知ることが希望の始まりだった!

       
        169.png トネリ子



# by familiesofaddicts | 2020-01-11 00:23 | Comments(0)

回復の先にある世界

彼の口から出た言葉は「海外に行くことにしました」

私は耳を疑った…えっ?何っ?

彼の真っすぐな眼差しを見ながら自問した

どういうこと?

しばらくしてようやく言葉を呑み込めた

正直驚いた


彼は数年前、依存症の娘が治療施設に入所する時

部屋に案内してくれたスタッフ候補生

しばらくして娘が退所する時に駅まで見送ってくれたそうだ

「じゃあ、またな○○」と(娘から聞いた話)

私はその一言がとても嬉しかったことを覚えている

終わりじゃないんだと…


彼の何年目かの自助グループのバースデーでは

回復し続ける姿がまぶしく見えた

同時に回復の中での痛みや厳しさも知った


依存症の当事者として

家族会で経験を語ってくれたことが印象深い

とても正直にありのままの感情を…

会うたび必ず声をかけてくれる思いやりに

いつも感謝している


娘が退所した後も

必ず彼女の近況を聞いてくれたり

理解を示してくれる態度はかわらない

誰にでも優しい人だ


回復には其々のカタチがあるということが

腑に落ちるまで時間がかかった私

回復施設を出た娘の行く先に不安を

覚えていたあの頃


娘が問題を抱えるたびに連絡する人は

退所した施設のスタッフだ

私ではなく彼女が繋がっている仲間の助けこそが

必要なのだと分かった


私が出来ることは、後ろに下がって

娘を愛し彼女の選択を尊重すること

責任を引き受けたり、人と比較しようとしないで


今はあらゆる人達の回復を喜び

自分の人生のプランに気持ちを傾けられる


回復の先にある勇気

またもや彼が身をもって示してくれた

彼を育む新たな世界に祝福を!

       Luna


# by familiesofaddicts | 2020-01-09 13:45 | Comments(0)